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【読売新聞・夕刊(大阪版)・5月下旬掲載・姫野カオルコ週間日記】
(日記の内容は4月下旬から5月上旬。掲載されたものより字数が若干増えています)
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《掲載1週目》 【月曜日】 6時起床。仏事あり、新潟県米山山中の古い寺に行く。帰り、大宮から京浜東北線に乗ったところ、前の席の女性客が『喪失記(文庫)』を読んでくれていた。しかも図書館の本ではなかった。自分の本を読んでいる人を見たのは生まれて初めて。6時頃帰宅。電話なし。メールなし。1時就寝。 【火曜日】7時起床。書く。昼食前、紫蘇の種を蒔く。自分の庭にあらず。フラットと塀の間の猫の通り道程度の土のところ。電話なし。メールなし。1時就寝。 【水曜日】7時起床。書く。洗濯。昼食前、1・4q泳ぐ。プールから帰りしなに買い物をして昼食を作って食べて書く。夕方、掃除。 夕食は竹の子を買ってきて木の芽和えにする。『ハルカ・エイティ』という小説のモデルにした伯母がいたのだが、書いている最中に危篤になり、本ができあがった日に他界してしまった。 本人が危篤中に、明るく元気な伯母を描出するのは、今だから言えることだが、悲しいことだった。「ノリがようてセクシーな女に書いてや」という本人の願いに極力沿えるよう努めたつもりだったが「この時代を生きた女性に対する尊敬の念がない」と怒る70代の先生がいたのには、悲しいというより驚愕した。 この伯母に最後に会った日、「持って帰り」とくれた山椒の小さな枝。先の猫の通り道に移植したら根付いた。木の芽和えは伯母の形見で作らせてもらっているのである。 【木曜日】7時起床。書く。昼食前に1・4q泳ぐ。夕食後はインターネットで社史を読む。基本的にインターネットはデータ調べ的にしか見ないが社史は例外。たとえば「へえ、この会社は1919年には大日本セルロイド株式会社といったのか」と知る。と、ベルエポックという時代呼称とセルロイドという物質呼称とが甘いハーモニーを奏ではじめる。 社史編纂の部署に異動になることを左遷だとする人がたまにいるが、世の中には社史を読むことをたのしみにしている人間がいることをぜひお知らせたいものだ。電話もメールもなし。1時就寝。 【金曜日】5時起床。以前は夜型の生活だったが、近年朝型に変えた。一親等に長患いの病人がいて見舞いに行くため。朝型にしておけば始発新幹線に隔週に乗るのも慣れる。 京都から在来線に乗り換え病院へ。最終のひかりで品川。電話なし。メール2通。2時就寝。 【日曜日】7時起床。豆乳飲む。書く。読書。掃除。夕食後はラジオ。日本史を愉快に講義する番組をやっていたので繕い物をしながら聞く。電話なし。メールなし。11時半就寝。 《掲載2週目》【月曜日】 7時起床。即PCに向かう。10枚書くが不出来。10枚とも消す。11時。病院に行く。昨年より体調崩しているため。二科受診したので4時戻り。書く。電送。2時就寝。電話なし。メール1本。 【火曜日】7時起床。30枚書くが不出来。全部消す。職業作家の場合、アイデアがわかないとかストーリーを展開できないとかいったことに悩む人は(私は)いないと思う。悩みは筆致につきる。文の切れ味が悪い時はプロフェッシ ョナルによくしないとならない。だが無理矢理よくするというのは不自然な行為なので、そこに軋轢が生じて何十枚、何百枚と書き直すことになる。 【水曜日】5時起床。書く。昼に近所の定食屋に行く。外に出たくなったため。昼食後、書く。電話もメールもなし。3時就寝。 【木曜日】7時起床。昨日書いたものの推敲。電送。1q泳ぐ。 昼食後、ドライブ。自分の車に非ず。近くの停留所から路線バスに乗って終点まで行ってまた帰ってくるのを ドライブと称している。停留所にいちいち停まるので、そのとき、窓から、庭に置いた子供の自転車だとか洗濯物だとか安売りの張り紙だとか、いろんな生活が垣間見えて、おもしろい。 ドライブの後、書く。読む。電話もメールもなし。0時就寝。【金曜日】 5時起床。新幹線で病院見舞い。0時頃帰宅。すこし書く。電話もメールもなし。2時就寝。 【土曜日】7時起床。書く。不出来。消す。書く。昼前から昼過ぎ、1q泳ぐ。プールから帰りしなに買い物。昼食。書く。夜、テープで落語聞く。電話もメールもなし。0時就寝。 【日曜日】6時半起床。書く。午後、介護施設の見学。夜は大河ドラマを見ながら夕食。 「日記をつけよ」と読売新聞社から依頼されたこの二週間、メールは3通だけ来た。電話は0件。電車に乗ると、大勢の人がメールを打ったり見たりしているし、道を歩いていると、すれちがう人がたいてい電話でしゃべっている。世の中の人は、いったいなぜあんなに連絡が来たり、連絡をしたりするのかなあ、私の生活は特筆することがほんとにないなあ……と思っていたら10時半に寝てしまった。 http://osaka.yomiuri.co.jp/ |