週刊文春『桃』著者インタビュー
2005・4月掲載

十四歳の女子中学生が墜ちてしまった恋。閉鎖的な小さな地方の町の人間関係。これらを濃密に描いて話題なった『ツ、イ、ラ、ク』の外伝ともいえる短編集が『桃』だ。

「前作は書き下ろし長編でしたが、こちらは短編集。気になる脇役が長編にずいぶん いたので、彼らの人生というか心中を、ずっと書きたいと思っていたのです。長編を書いているときから。なので続編というよりは、脇役も主役になれるという視点のスイッチング。もちろん長編を先に読んでからこちらを読むのがベストにちがいありませんが、未読でも単体でたのしめるように工夫してあります」

 前作では、許されない関係を背景に、むき出しのエロチシズムを生々しく描き、それでいてあくまでも純粋な恋心をつづった。今回は、長編では名前くらいしか出てこなかった人物たちを、各話の語り部として選 んでいる。同僚教師や同級生、先輩などがあのゴシップに触れつつ、自身の心情を語っていく。

「この作品は、世の中のお父さんというか、中年男性に向けて書いたと言ってもいいかもしれません。普段、家でも会社でも、小料理屋のおかみさん相手でも、なかなか言い出せないようなこと。長年ずっと考え続 けていることではなく、ふとしたはずみ――階段を下りるときとか、電車の中で席が空いてなかったとき――に思うことは、たいていの人はうまく言葉にできなくて、誰にも打ち明けることもなくて、心の中に溜 まっていくでしょう。それを私が、代わりにまとめて書いてさしあげた……つもりなんですが…」

 たとえば「世帯主がたばこを減らそうと考えた夜」の作中、五十三歳の中学教師・夏目は、自らの新婚初夜を回想する。所帯を持つものだと思い込み、見合いで決めた女が、自分のふとんに男が入ってくることをいとも当然のこととして、不自然にまぶたを閉じて待っている。そのときに感じた嫌悪感や恐怖、そこから引き起こされた劣情を、姫野さんは遠慮なく描く。

「女性作家は女性の気持ちをよくつづるけれど、男性作家が男性の心情をつづっているかというとちょっと疑問。つねに〃なにやらカッコイイ性欲〃を描いておられませんか? 肉迫に欠ける気がしてならない。 男の生理の内実をもっとニュートラルな立場、ゼロの視点から、描出してみたかった。私、幼稚園から大学まで共学でしたので」

 確かに、女性作家が描く赤裸々な女性心理という点で読者の支持を得た作品は、過去にいくつもあっただろう。それに対し、

「女性が意外に残酷なことを考えていたので、男性は衝撃を受けたかもしれないけど、男の人だってセックス中に、〃彼女の肌は白いというよりむしろ青ざめている〃なんて、身体機能上、落ち着いて観察してられ るわけないですよね。ここは女性にも平等に衝撃を受けてもらわなくっちゃ(笑)。男性は、かくありたい、という思いが強い。強くそう思わないとならないような荷が社会的にかかっているためカッコイイ性欲 にうっとりするのかな。としたら夏目先生の告白は男性のうっとり感をぶちこわしますが、ぶちこわされたい方だっておられるのでは? ぶちこわしてさしあげますよ」

と姫野さんは語る。このタイトルにこの装丁この著者名なので、男性は自分には無縁の本だと思い込んでいるかもしれないが、

「男性もぜひどうぞ。私の小説は共学ですから(笑)。短編はひとつのテーマを各話の登場人物たちがどう演じているか他人の心を覗き見するような面白さがあります。長編とは違って、クールに楽しんで下さい」


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