◆◆中日新聞・平成22年8月24日・朝刊・文化面◆◆

休筆数年……復帰作「リアル・シンデレラ」書けたことに感謝


姫野カオルコさんに聞く

 第百四十三回芥川賞・直木賞の贈呈式が二十日行われ、芥川賞の赤染晶子さん、直木賞の中島京子さんが華やかな脚光を浴びた。だが、両賞にノミネートされた作家はほかに十人いる。その一人で直木賞候補だった『リアル・シンデレラ』(光文社刊)の姫野カオルコさん(51)=滋賀県甲賀市出身=は「私は候補となったことをとても喜んでいます」とさわやかに語る。「直木賞・その後」をめぐる率直な心境を聞いた。(三品信)

直木賞候補・その後

 「発表のあった翌日から、同級生や出版業界の人が、腫れ物を扱うように『残念だったね』と言います。そんな必要、まるでないのに」

 こう言ってほほ笑む姫野さん。直木賞候補となったのは今回で四回目だ。賞を逸しても泰然としているのはベテランの貫禄?慣れ?いや、そんなことではない。

 芥川賞・直木賞は、日本文学振興会(文藝春秋社内)のスタッフ数十名によって、この半年の間に発表・刊行された膨大な小説から候補作が決まる。この時点で候補作は文芸の目利きによる厳しい審査をくぐり抜けているのだ。このあと候補作は日本文学振興会を離れて、現役作家による選考会に渡される。

「むしろ私は、大勢が討議して決めるノミネートまでが勝負だと思っています。ノミネート以降は、直木賞の場合七人しか選考委員がおられないのですから、その好みに左右される。いわばあみだくじのようなもの」

姫野さんはこれまで、文学賞に頼ることなく作家としての道を歩んできた。

 青山学院大の在学中から雑誌のコラムや映画評などを執筆。単行本としてのデビュー作『ひと呼んでミツコ』(一九九〇年)は、原稿を出版最大手の講談社に持ち込むと、その場で刊行が決まったという筆力の持ち主。新人賞を土台に作家デビューを果たす書き手が多い中では、異色の存在だ。

 以来二十年、文学賞は得ていない。だが、人面瘡が女性の股間に棲みつく『受難』(文藝春秋)、小学生の恋愛を心揺さぶる筆致で描く『ツ・イ・ラ・ク』(角川書店)やなど話題作を発表し続け、性別を問わず幅広い愛読者を得てきた。

 「これまでも賞とは無縁に(経済的には)ほそぼそと書いてきたので、これからもマイペースでやっていきます」と謙虚に語るその横顔には、ある女性の面影が重なって見える。

 倉島泉。『リアル・シンデレラ』の主人公だ。長野県・諏訪温泉郷に暮らす無名の一女性。母や妹には冷遇されて育ったが、常に心満ち足りて、つつましく生きる。

 そんな清らかな人間像を姫野さんが描いた背景には、既存の物語が打ち出す「幸せ」への強い違和感がある。例えば、虐げられた娘が王子との結婚で母や姉を見返す童話『シンデレラ』。コール・ガールがエリートビジネスマンと出会って幸せになるハリウッド映画『プリティ・ウーマン』。

 「そんなのが本当の幸せですか。いつの間に、そんな価値観に日本人は教化されてしまったの?泉ちゃんのような美徳の方向性が見られる世の中であってほしい」

 嘆く姫野さんにとってこの小説は、数年続いた休筆からの復帰作となった。二〇〇五年にうつ病を発症。郷里の母の介護で都内の自宅と往復する多忙さのため治療に専念できず、病状は悪化した。〇八年には卵巣の境界悪性腫瘍の手術も受けた。この間、執筆は進まず「日記に『今日は暑い』と書くのがやっとの日もあった」と振り返る。

 苦境の中で「しかられた子どもがケーキのことを思うように、幸せな人生とは何かとずっと考えていた」という心情の結晶が『リアル・シンデレラ』。だから姫野さんは「この作品を書けたことを感謝します。本にさわると元気になれる」と述懐する。賞の行方など別世界の話とさえ思わせるその笑顔は、文芸ジャーナリズムの世界が〈文学賞レース〉に振り回されすぎでは? と問うているようにも見えた。

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