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メディアに掲載された姫野カオルコ作品の書評を紹介(ハルカ・エイティ/文春文庫)

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『ハルカ・エイティ』文春文庫

 
毎日新聞 2005年12月19日 東京夕刊 掲載

(単行本=文藝春秋 文庫=文春文庫)

ほんの森:クリスマスに贈りたい・もらたい本:

◇いつまでも若くいたい人へ

80過ぎのおばあさんがマンガ雑誌のグラビアに載った。まさか水着モデル?

いや、元祖・モダンガールとして紹介されたのだ。このエピソードは実話で、著者の伯母がその人。彼女をモデルに女の一生をじっくり描いた小説だ。

主人公は大正9(1920)年、滋賀県生まれの持丸遙(ハルカ)。女子師範学校を出て結婚し、子供を育て、戦後は働きに出た。女が生きる自由さが現代とはかけ離れた時代、それは実直な人生だ。ハルカの取りえはひがまないし、どんな暗闇でも小さな光を見つけること。そうやって夫の浮気も戦争もくぐり抜け、時代の変化と共にどんどん自由に、魅力的になっていく。

『受難』『ツ、イ、ラ、ク』などの作品でいつも冗舌だった筆を抑えた。戦争をはさんだ大変な社会情勢を淡々とつづる中で、一生懸命生きる姿が際立つ。舞台は大阪。関西弁がそこはかとないユーモアを醸し出し、肩から力が抜けて、元気になる。(無)





【朝日新聞 [掲載]2005年11月27日 [評者]角田光代 】

 
『ハルカ・エイティ』姫野カオルコ・著

とにかくおもしろくて、夢中で読んだ。一九二〇年、滋賀県に生まれた、持丸ハルカの半生である。

尋常小学校に通い、高等女学校に通い、師範学校に通い小学校教師になり、二十歳のとき見合いで結婚したものの、軍人の夫、大介は外地に駐屯しているため、新婚早々義父母と暮らし、太平洋戦争が激化したとき、夫のあらたな駐屯地、渥美半島で暮らし、終戦を迎え、戻っていた実家で子どもを産む。

大阪に住み、夫が事業を興すと、その行く先を案じたハルカは幼稚園に職を得て働きはじめる。

何がそんなにおもしろかったのか。戦争、敗戦、高度成長期と、変化に富んだ時代の、市井の人の暮らしが、である。

その時代、どんなふうにたいへんだったか、という話を聞いたことはあっても、どんなふうに楽しかったか、ということは聞いたことがない。楽しいなんて感想自体がタブーなのだ。

しかしどんな時代であろうと、人は、一日のなかに何かしら、ささやかな楽しみを見いだしたはずである。激化した戦争のなかで、よく知りはしない夫と、まったく知らない土地に暮らし、孤独と不安に押しつぶされそうになりながら、ハルカは藁(わら)半紙一枚の「女の一生」のプログラムを何度も読む。

楽しめる、ということは、ハルカという女性の最大の美徳であり魅力である。

このたくましい女性は、女学校時代、ないものをないと嘆くより、あるものをあると喜ぶことを選ぶ、「そのほうが、たのしい」と気づく。彼女を支え続けるのは、この気分だ。ハルカの人生を不幸だとすればいくらでもそう断じることもできる。

終戦を迎えやっと生活が落ち着いたころには夫の事業はうまくいかない。度重なる鞍(くら)替えとつねにちらつく女性の影。胸のときめく恋をすれば、相手はハルカに金を無心する。しかしいつ何時もハルカは空を見上げている。楽しめることをさがしている。

ハルカという人物が醸し出す気品、気高さは、その姿勢から生じている。人はかように気高く生きることが可能であると、ハルカ自 身から教えられたような心持ちになる。

この作者ならではの、緻密(ちみつ)な人物関係図も魅力のひとつである。ハルカの家族、大介の両親、隣近所の人々、そして一生つきあうことになる、女学校時代の友人たち。

ハルカがハルカらしく時代を生き抜くさまと同様に、作者は彼らひとりひとりの生き方も手を抜かずに書ききる。読み終えるころには、近所に住まう実在のだれかれのように、ひとりひとりが思い浮かぶほどだ。

どのようにも読める小説である。昭和の歴史としても読め、ひとりの女性の生き方としても読め、この国の価値観、性差感の変化としても読める。また、家族小説とも読めるし恋愛小説とも読める。

そんな単純な括(くく)りが馬鹿馬鹿しく思えるほど、大きな小説である。

読み終えると物足りなく感じる。六十代、七十代のハルカも読みたかった。もちろんこれは不満ではなく、ハルカという女性に魅了された読み手としての賛辞である。



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