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メディアに掲載された姫野カオルコ作品の書評を紹介(昭和の犬/幻冬舎)

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『昭和の犬』幻冬舎

 
「激動の昭和」を生きた「平凡な女」の半生記

週刊文春2013年10月24日号掲載
藤田香織(書評家)

人生も半ばを過ぎると、ふと、来た道を振り返り、思い煩うときがある。自分はもっと多くのものを得られたのではないか。今よりもっと幸せになる道があったのではないか。考えても仕方のないことだと分かっていても、今、手の中にあるものと比較し、悔やんだ経験のある人は決して少なくないだろう。昭和三十三年に生まれた主人公、柏木イクの半生を描いた本書は、そうした誰にでもある、けれど言葉には出し難い気持ちに寄り添う物語だ。

嬰児のころより、さまざまな人に預けられ育ったイクは、五歳で初めて両親と共に暮らし始める。しかし、シベリア帰りの父親は、気に入らぬことがあればすぐに赫怒(かくど)の声をあげ、母親はいつも心ここにあらずといった風体で、年頃になったイクに下着を買い与えることもなかった。

やがて高校を卒業したイクは、そんな親元から脱出し東京へ出るが、バブル景気で賑わう都会に暮らしながら華やかさとは無縁の日々を過ごす。当時既に珍しくなっていた「貸間」に住み、仕事を終えると近所のコミュニティーセンターの食堂で夕食をとり、銭湯へ行き、休日は頻繁に病床についた親族の介護のため東西を往復する暮らし。当然、恋とも無縁だった。

にもかかわらず、独身のまま四十九歳になったイクは、顔馴染みになった老人の犬を撫でながら言うのだ。

「今日まで、私の人生は恵まれていました」、と。

「激動の昭和」と呼ばれた時代を背景にした平凡な女の物語である。副題に遠景という意味のperspectiveという言葉が使われているように、姫野カオルコは絶妙にイクと読者の間に距離を保っていく。衝撃もない、感嘆もしない、号泣することもたぶん、ない。けれど、読み終えた手のなかには確かな温もりが残るだろう。

時間を、距離を置き、離れて見るからこそ掴めるものがある。それが「今」を生きる私たちの支えになっているのだと、本書は静かに語りかけるのだ。





■立ち向かうだけが人生ではない

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)  [掲載]2013年11月10日 Book.asahi.com

読んですぐに、爽快感でいっぱいになるわけでも、泣き崩れるわけでも、ない。

読み終えて、一旦(いったん)記憶の底に仕舞(しま)い込んだ数日後、夜道を歩いているときなど、ふと思い出し、引き戻される。

彼女はなぜ怒らないでいられるんだろう。

昭和三十三年。柏木イクは生まれる。父親はシベリア抑留経験者。旧日本陸軍の武官だった。敗戦から十年経って、引き揚げ船もこれで最後かと家族があきらめかけた頃に、故国へ戻ってきた。

彼がシベリアでの生活を語る場面はほとんど描かれない。ひとに尋ねられて、口を閉ざす。抑留時の夢を見て、うなされて、起きる。あとは、娘や妻に向かって激しい癇癪(かんしゃく)を爆発させる様子ばかり。そしてイクと恐怖を分かち合えたはずの母も、不幸な結婚を呪い、心を病み、娘を愛そうとしない。

玉突きのように、心の闇が連鎖して、イクにどしりとのしかかる。けれども、彼女は親に対して受けた理不尽を訴えるわけでもなく、恨みも育てない。内面の激しい葛藤すらも、描かれない。

両親を「歪(ゆが)んでしまうだけの目に遭ったのだろう」と許し、結果として幸薄くならざるをえなかった自分の人生をも、静かに受け入れる。

それでいいのかと、何度も何度も思う。けれどもそれが、親から精神的虐待を受けた(昭和生まれの?)ひとたちの、現実なのかもしれない。

受け入れたところで、やり場のない気持ちが解消することもなく、成人して両親を看取(みと)る立場になってからも、イクの身体を蝕(むしば)む。

そこに犬がいるのである。犬に笑いかけられて、犬と暮らした少女期を思い出し、すっと苦しい気持ちが吸い取られる。寂しいけれど、温かな気持ちになる。

立ち向かうだけが人生ではないのかもしれない。じわじわと滋味溢(じみあふ)れる、忘れがたい小説である。



 

昭和の日常に落ちていた戦争の翳を拾う。それも私たちなりの戦争の書き方だと思う

週刊ポスト 著者に訊け 2013年10月18日号掲載
構成/橋本紀子


読み手の日常を、ほとんど何の前触れもなく浸食してしまう小説が、時々ある。姫野カオルコ氏の約3年半ぶりの新作『昭和の犬』がまさにそれだ。今再びの東京五輪熱に象徴されるように、一般に昭和と言えば夢と希望にみちた古き佳き時代。人々の生活はどこか素朴な“懐カワ系グッズ”に彩られ、テレビドラマや歌謡曲や、何もかもが輝いていた、この国の青春期だ。

犬も然り。コリーにシェパード、はたまた〈ベンジーの犬〉まで、人気犬種や飼い方にも時代は映り込み、昭和33年、滋賀県〈香良市〉に生まれた〈柏木イク〉の傍らにも、いつも犬がいた。その少女期〜中年期までを本書は犬や猫の姿を通して透かし見た、庶民版・昭和クロニクルといえよう。

章題には『宇宙家族ロビンソン』『鬼警部アイアンサイド』等々、懐かしい番組名が並ぶが、暢気に懐かしんでいると痛い目に遭う。これは昭和という光と共にあったはずの“傷”の物語でもあるのだから。


「要するに私が好きだった歴代の犬の話を書こうとしたんです。今は集合住宅に住んでいて自分では飼えないんですが、近所の犬を観察していると、犬って飼い主に似るんですよ。散歩嫌いなラブラドールの飼い主が旅嫌いだったり、小心者が小心者の犬を連れていたり(笑い)。その人が内に抱えたものが犬に現われるのも面白い。

だとすれば自分が関わった犬の系譜をたどることで、自分の育った時代や家族のことが遠景に映し出せるかもしれないと、私と同い年の主人公の5歳から49歳までをパースペクティブに書いてみました」


嬰児の頃からわけあって親元を離れ、隣町の宣教師館で育ったイクが、〈ララミー牧場に出てくるカウボーイの家みたい〉な山小屋に馬車で連れてこられたのは5歳の時。シベリア抑留生活から終戦の10年後に帰還した父〈鼎〉と養護学校に勤める母〈優子〉はこの時初めて共に暮らし始め、本棚とオルガンがあって便所はない〈ララミーハウス〉で〈トン〉という黒い犬を飼っていた。

とはいえ〈二〇××年のような飼い方ではない〉〈朝と夕に残飯を与え、犬の名を自分の好きなものに定めて、気が向けばその名を呼ぶ。それだけで「飼っている」のである〉。


「後年になってわかることと、子供にはわかるはずもないことを、両方書くためにこんな手法をとりました。当時は近過ぎて見えなかったものが、今を視点にしてカメラを引くと〈掴める〉。
遠くにあるものは掴めて、近くにあるものほど掴めない――人生なんてその繰り返しかもしれませんね」

事あれば癇癪を起こして〈割れる〉父と、結婚そのものに失望する母。そんな両親に何も言えないイクはやがて逃げるように東京の大学に進み、〈貸間〉を転々とする間にも様々な人間や犬たちと出会うのである。


家以外のことは恵まれていた

中でも胸を衝かれたのが、〈有馬殿〉のエピソードだ。高校の近くでタコ焼きやうどんを売る有馬殿さんは何を注文しても〈「へ」〉としか答えない、無愛想なおやじとして知られていた。その有馬殿さんが、熱々のタコ焼きに手をつけずにいる猫舌のイクを見て、〈そないに行儀ようして食べてる者は、早死にや〉と突然言葉を発し、嗚咽を始めたのだ。〈オイカワはええとこの坊んやった。めし食うとき、そらきれいに箸を使いよった〉〈そんなことしてるさかい死によった〉〈人の肉はな、鼠より酸いいんや〉〈オイカワもな、鼠食うて、ばば垂れっぱなしで生きたらよかったんや〉・・・・。

言われてみれば、確かにあった戦争の翳。遠いそれを往時同様の近さでいきなり突きつけてくるのだから、姫野式遠近法は侮れない。

「昭和50年代くらいまでは戦時下の記憶に突然吸い込まれる年長者を見ることがよくあって、戦争の翳は昭和の日常のあちこちにぽとぽとと、不発弾のように落ちていたはずなんです。
それを拾うことも、私は私たちなりの戦争の書き方だと思う。時々戦争を知りもしない人間が戦争のことを書くな言う方がいますが、戦争の翳というテーマは今後も形を変えて書いていくつもりですし、私にとってそれは、ただただ恐ろしくて、自分を受け入れてくれなかった父を知ろうとする行為でもあります」

イクもまた、父に受け入れられなかった娘が〈父権〉を軸に形作られた社会で生きる困難を口にする。近づこうにも手がかりひとつ与えてくれなかった父の姿は、昭和の翳そのものでもあった。

「社会で成功する女性って、優しいにしろ厳しいにしろ、父親に受け入れられた娘だと思うんです。これは僻みでも何でもなく、父に対立すらさせてもらえなかった娘もいるということ。心温まるイイ話を期待した人はごめんなさい(笑い)
そんな私でも、犬に触ると温かで幸せな気持ちになれたし、家以外のことでは本当に恵まれていたと思う。アポロが月に行ったり万博が来たり、テレビや漫画も今のものは全部当時の焼き直しに思えるくらい面白いものを見てきた。それだけでも〈いい時代に生まれた〉と感謝してるんです」


ララミーハウスでの日々から父や母の介護に東京〜滋賀を飛び回った49歳まで。出会った人々や犬たちの顔を思い浮かべてイクは思う。
〈年をとると、掴めることが増えるのがよい〉――。 >

遠景だから掴めた昭和。その光も翳もあった全体が鮮烈な残像を読む者に刻みつけ、いつまでも忘れられない犬の横顔のような小説だ。




 
【共同通信系】

西日本新聞掲載
原口真智子/作家

8章からなる長編小説。それぞれの章には「ララミー牧場」「宇宙家族ロビンソン」などの懐かしいTVドラマ のタイトルがつけられ、ドラマが放映された時代に沿って物語も進行する仕組みである。女主人公イクが滋賀で育った5歳から東京で暮らす49歳までを、身近な犬たちを交えながら独特の視点で描いていく。

この時代を映す章立てと犬たちに心地よく先導されながら、著者が組み立てた物語の楼閣をゆっくり登っていった。ひとつひとつ時代の階段を上っていくと、やがて全体を俯瞰する楼閣の上に立つ。深呼吸して遠く見渡してみれば、人生とはなんと心満ち足りたものなのだろう。そう嘆息してしまう一冊だった。作中にも出てくる言葉、パースペクティヴ(遠近法)は本書のかなめであろう。

宣教師館に預けられていたイクは5歳のとき、田舎道を馬車に揺られて父母のもとへ向かった。そのとき馬車のおじさんが口にした「54分かかった」という言葉がイクの記憶に強く残る。ここでまず本書に流れる時間というものを意識させられた。

すぐに癇癪を起こすシベリア帰りの父と、結婚に絶望していた教師の母との心通わない日々。元来声が小さいため、話してもあまり耳にとめてもらえないイクの周りにはいつも犬がいた。やっと東京の大学に入って父母の呪縛からは逃れたものの、そののち中年にいたる月日を見渡しても彼女の現実に決して華やかな出来事はない。少しは恋愛もあったようだが、本書のページにはのらない。実にささやかな毎日である。

多くが右肩上がりを求めた昭和にも、食パンの真ん中よりはしっこのほうが好きな人間、小さな声でしか言わない人間はたくさんいたのである。無欲で何をやっても下手と言われても、ささやかな一日を愛する人。イクの人生を遠く見渡しているうち、これまで見えなかった景色、見ようともしなかった坦々たる景色の優しさが網膜に焦点を結び始めることだろう。




山形新聞・佐賀新聞・岐阜新聞・山梨日日新聞・下野新聞・北國新聞等々
杉本真維子/詩人

昭和33年生まれの主人公イクの生を、現在を基点に「遠近法」で映しだした長編小説。人間が、動物が、ただそこに在る、ということの輝き。解釈や結論を超えた、まるごとの生の手触りがいつまでも残る。

2段ベッド、カラーテレビ。高度成長期の「産物」に、心躍らせる「鍵っ子」のイク。けれども、家のなかでは、いつも父母におびえている。「女は非論理的だ」となじる戦地帰りの父、鼎。彼の咆哮のような、もう言葉とはいえないような、突然の赫怒。結婚に絶望していた母、優子は、イクの容姿を執拗にからかい、中学生になってもブラジャーを固く禁止する。

戦時下で何かあったのだ−−。そう結論づけてしまいたい。わからないものはこわい。でも、どんな凶暴な犬も、一瞬で手なづけてしまう父の魔法の力まで、戦争という文脈にのみこまれるのは抵抗がある。父と犬の光景は、イクの心をなぐさめるものでもあった。

実家を離れ、夫に先立たれた60代の初音清香の家を間借りするイク。彼女との会話が教えるのは〃あのとき、どうすればよかったのかわからないこと〃の不変性である。

心のなかの、理解も解釈も届かない不思議な場所。その場所を象徴するのは、昭和時代の、鎖につながれない犬たちだ。外飼いが当たり前。誰の管理下にもいないという「放任」が、わからないままの生と重ねられ、物語は動いていく。「犬」というフィルターを通して、イクは自らの生の充足に気づく。

中年になったイクが、かつて通った名画座の元館長と再会する場面がある。それをきっかけに、ロシア語で「南」とは、ユークと発音するのだと知る。「ユーク、行く、イク」。昔、家で飼っていた犬と猫の名は、ペー(北)、トン(東)、シャア(西)であった。「あの家には、東西南北、そろっていたのか」とほほ笑むイク。少しの受け止め方の変化で、生はまぶしく輝く。

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