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メディアに掲載された姫野作品の書評を紹介(彼女は頭が悪いから/文藝春秋社)

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『彼女は頭が悪いから』文藝春秋社

 
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姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』について語ろう!【インスタ読書会】
↑著者インタビューも読めます。

小川たまか取材。
wedge -infinity、彼女は頭が悪いから文春オンライン

週刊文春 2018年8月2日号(by 高橋ユキ)

文春オンライン
週刊文春 2018年8月2日号(by 高橋ユキ)

Livedoorニュース・BLOGOS
by 紫原 明子 2018年08月27日

朝日新聞デジタル
by 諸田玲子 簡単な無料登録で読めます。

note(ネタバレ注意!)
by 畑野智美(小説家)

note
by 中原由梨

つれづれ書評
by 松田葉子

andre1977
長年の姫野読者による熱い書評

デジタル毎日
SUNDAY LIBRARY(登録制有料記事)
by 白河桃子

週刊新潮 BOOKBANG
by 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)


中日新聞 2018年11月18日(日)
---書く人---

「彼女は頭が悪いから」作家 姫野カオルコさん

○性暴力 罪の意識どこに

 今夏の発売以来、着実に読者を増やし続けている。読みながら、 気持ちがどんどん重くなる。でも、最後までやめられない。

 本書は2016年に、東大生5人が逮捕された強制わいせつ事 件に着想を得て書かれた。「裸にした女性に暑いカップラーメンをかけた」「肛門を割り箸でつついた」…。ニュースを聞いた姫野さんは「これまでの集団レイプ事件とは『何かが違う』と感じた」という。自分なりに報道を調べ、取材した記者に話を聞き、裁判を傍聴した。

 「当初、小説の題材にするつもりはなかった。関係者は司法の 場で裁かれ、有罪となり終結した。この本は現実の事件とは無関係ですでも、いろいろなことを考えさせられたんです」

 主人公は、平凡な家庭に生まれた女子大生の美咲と、官僚の父 を持つ東大生のつばさ。偶然知り合い、後に被害者と加害者になる。

 物語は、二人が中学生の時からスタート。「事件」が起きるま での生活や心の内、周囲の人々の動きを丁寧につづる。数年がかりの日常描写はまどろっこしくさえある。だが、そのおかげで、「エリート学生の性犯罪」という陳腐なイメージは粉々に打ち砕かれる。

 この種の事件起きると、ネットでは「のこのこついていった女 が悪い」と誹謗中傷が吹き荒れる。本書でも、同じことが起きる。読者はつい、被害者の美咲に感情移入してしまう。だが姫野さんは「加害者のいやな部分は、私のなかに存在する」と断言する。

 「執筆中は登場人物が勝手に動く感覚があるのですが、結局は 私が書いている。誰もが加害者の部分を持つのでは」

 東大生のつばさは「受験技術に益のないことが気になるようで は負ける」ため、「心はぴかぴかしてつるつる」している。他人の痛みは感じない。だから、号泣する被害者を笑いながら侮辱して、たたいたり蹴ったりしても、どこにも罪の意識はない。

 そんな加害者たちに眉をひそめながら、自分自身はどうなのか、 とふと振り返る。不確かなネット情報で、他人をジャッジしていないか。同じ価値観の仲間で固まり、そうではない人への想像力を欠いていないか。この本は、根深くはびこる学歴主義や貧富の格差、女性差別の闇をえぐり出す。加害者を生むのは、自分も構成員の、この社会の意識なのだ。

 
(出田阿生)


朝日新聞 2018年 8月

○無自覚な犯罪に憤り、真実映す

 社会制度の改革で差別がなくなった? イジメが減った? NO! 最近の話題をみても、むしろ平等を装ったその底にどよーんと 沈殿しているんじゃないか。

 本書は、五人の東大生が他校の女子大生にワイセツな行為をし て訴えられという、現実の事件を題材にした小説である。

 ふつふつと怒りがわいてきた。相手を傷つけている自覚もなく 反省もないまま(爽やかでありつづける)東大生たちにも、そん な若者を育てたことになんら後ろめたさを覚えない両親たちにも、 強い者輝ける者に迎合して弱者を切り捨て平然としていられる世 の中にも、そしてなにより、わかったような気になってなにひと つわかっていなかった自分自身に対しても……。

 私は小学校低学年の頃、イジメられたり仲間はずれにされたり して苦しんだ。大人になったら先生になってそんな子供を救いた いと思っていた。それがトラウマになって、他人の場合ばかりみ るイイ子になってしまった自分の狡さも知っている。それでなく ても惚れた弱みについてはつくづく身にしみているから、本書の 主人公美咲の気持ちが痛いほどわかるはずなのに。 現実の事件をニュースで知ったときは、正直、なえ男の部屋へ行 ったの、なぜ深酒したの、なぜ訴えたのと被害者への非難がちら りと頭をよぎったものだ。

 真実を知るのは難しい。数行でダイジェストされた記事なんか では決してわからない。著者もそこに憤りを覚えたのではないか。 小説だからこそ書けた、実に細やかな心理描写---登場人物全員に ついても---と徹底して調べられた若者たちの生態に引き込まれた。 事実を超えた真実をみせてもらった。人の心に厳然としてある優 越感と劣等感のせめぎあいは、古今東西、未来永劫、消えること などないのかもしれない。

 だからだろう。ラストの美咲と教授との会話に涙がこぼれた。 著者の筆致は鋭く、まなざしは温かい。

評 諸田 玲子 (作家)



毎日新聞 2018年 10月15日 夕刊

○ルポ 女性の生きづらさに迫る3作品
○理解と自由の風吹く未来へ
○日常の圧力、仕事の鬱屈、強制わいせつ問う

 相次ぐセクハラ、入試であらわになった女子受験生差別など 女性の地位はまだ弱く不安定。そんな現代社会に生きる女性たち に迫った小説二作と、漫画一作が異彩を放っている。現実を暴き 出されて暗然としたり、背中を押してくれたり、作家それぞれの 角度から紡いだ物語は心にいろいろな爪痕を残す。

(内藤麻里子)


○被害者・加害者の溝 生成の過程

 直木賞作家、姫野カオルコさんの小説『彼女は頭が悪いから』 (文藝春秋)は、実際に起きた五人の東大生による女子学生への 強制わいせつ事件から着想を得た。最初に事件を聞いた時から 「よくある学生サーク  ルのレイプ事件とは違う感じがした」 という。

 レイプではなく、いたずら行為。これは一体何なのか。被害者 と、加害者の一人の中学時代からの生い立ちを描いて彼らの心性 の違いをあぶり出すことで、なぜこんなことになったかを読み解 いてみせる。平凡に育ち、「東大」と聞けば単純に「すごいな あ」と思う普通の女子大生。一方で、で、自分と対等でないから 何をしてもいいと思う東大生のおごり。性欲でない分わかりにく いハラスメントだ。こんな両者の理解の溝は決して埋まらないこ とが、ひしひしと伝わる。「加害者とその家族たちは事件化して 災難だと思っている。この小説を読んでもこたえないと思う。 『姫野さんは青学(青山学院大)出身だから』って」

 読み終えて、財務省事務次官(当時)のセクハラを思い出した。 彼が「セクハラではない」と言い続けていたのは、本心だったの かもと卒然として気づき。衝撃だった。他人を見下して起きるハ ラスメントの要因が育まれる過程が小説になっている。まさに、 小説にしかできないことであろう。






エクラ(集英社) 2018年10月
斎藤美奈子


○オトナの文藝部

 元財務事務次官のセクハラ事件、元ジャニーズ系タレントの強 制わいせつ容疑など、今年上半期は性暴力事件の報道が相次いだ。 それで世間の認識はだいぶ深まったように見えるけど、全然わか ってない人も、まだまだいるしね。

 姫野カオルコの五年ぶりの書き下ろし『彼女は頭が悪いから』 は、2016年5月に実際に起きた事件に想を得た長編小説だ。

 主人公は女子大に通う神立美咲と、東大大学院生の竹内つばさ。 美咲は'95年、横浜市郊外の家庭の長女に生まれ、まあまあの進学 校を経てさほど偏差値が高くない私立の女子大に進学した。つば さは'93年、国家公務員の家庭の次男に生まれ、国立大学の付属高 校から東京大学理科T類に進学した。ふたりはのちに、強制わい せつ事件の被害者と加害者になる。

 彼を含む東大の学生と大学院生、計五人の男子が強制わいせつ 罪で逮捕された際、インターネットの匿名掲示板には加害者では なく被害者を非難する声があふれた。

 〈のこのこついていったんだから、合意だろ!〉〈どうせ東大 生狙いだったくせに。なに被害者ヅラしてるんだ〉〈前途ある東 大生より、バカ大学のおまえが逮捕されたほうが日本に有益〉  なぜ、こんな事件が起きたのか。小説は事件の数年前までさか のぼり、彼らと周囲の学生たちの行動や心の動きをこれでもかっ ていうほど執拗に描き出す。

 善良を絵に描いたような「ごくふつうの女の子」である美咲と、 エリート意識が骨の髄までしみついていたつばさ。劣等感が強く、 恋愛は自分を通りすぎていくものだと思っていた美咲と、東大生 というブランドだけで女の子はよりどりみどりと思っているつば さ。

 なんの接点もなかったふたりが知り合ったのは、インターカレ ッジサークル(他大学と合同で活動するサークル)の飲み会だっ た。別々のインカレに属していた美咲とつばさは、横浜のイベン トでたまたま一緒になり、その日のうちにホテルに行った。

 そのことが半年後の美咲には大きな後悔のタネになるのだが、 しかし、そのときの彼女にとっては紛れもない恋愛だったのだ。  

〈下心があるのは女のほうなんだよ。東大男子を見るときはね〉。のちにつばさとともに逮捕された東大生はいう。〈『このワタシに釣り合う』ってのが偏差値の高い大学の女子。『これをゲットしなくちゃ』ってのが偏差値の低い大学の女子。差はこれだけ〉

 ったく何をいってんだか。が、こういうゆがんだエリート意識、 いや差別意識に凝り固まった男は決して珍しくない。暴力と学歴 という観点から、事件に肉薄した問題作。この世代のお子さまを もつエクラ世代にも超おすすめ。






南日本新聞 2018年8月19日

 セクハラや性暴力で辱められた女性自身が勇気を奮い告発する ニュースが流れると、この国では決まって、踏みにじる意見が湧 き起こる。女に落ち度があった、部屋へついていったほうが悪い、 ハニートラップ、男の人権はどうなる、フワフワとしているから つけ込まれたのだろう、等々。

 責めるのは、女性への差別意識のある男だけではない。男社会 に迎合したい女からも批判が出る。

 実際に起きた、東大生五人による女子大生強制わいせつ事件を もとにした本作は、事件に関わった人物全員の生い立ちから丁寧 に描く。家柄の格差や育った土地柄にも影響された、めいめいの 思考のずれを、作者はときにおかしく、残酷なまでに冷徹に積み 重ねる。その結果、胸のつぶれる事件が引き起こされる。

 被害者は、善良な中流家庭の出身だ。慎ましい性格ゆえ、極端 な奥手で、好きになった相手に対して、いちいち懸命に考えなが ら取る行動が全て裏目に出る描写が身につまされる人は多いだろ う。一体、どこまでが合意で、合意でなかったのか。恋心と下心 の違いとは。線引きするむずかしさが、小説にしかできないやり 方で浮き彫りになる。

 自分は優秀な、選ばれた人間だという誇りでこり固まった加害 者たちには、だれにも悪気はなかった。読み手は、ページをめく る手が止まらなくなりながら、たえまなく、性、恋愛、人間の価 値、というものを巡る自らの基準を揺さぶられる。

 自分より能力が劣ると思える他者をあざ笑うことは、容易に役 立たずの弱者は殺してよいとする歪んだ思想につながる。セクハ ラや性暴力の被害を軽んじることも同じ。尊厳をとことん傷つけ られたあとに、ただ、ひっそりと耐えるヒロインが少しでも立ち 直れるとしたら、そんなきっかけによるのか。長年、抑えつけら れてきた性差別問題が爆発するようにあふれだした近年の日本を 深くえぐり、ささやかな救いも込められている。十代にも読んで ほしい傑作だ。

(木村紅美 作家)



2018年 シュプール(集英社)10月号

●東大生たちはなぜ彼女がわからなかったのか

 タイトルから感じられる「いやな感じ」は何だろう。オビには 「非さわやか100%青春小説」とある。言い得て妙だ。だが、 たしかにダークであることには間違いないけれど、読者を暗い気 持にさせるだけではない。むしろ、自分たちの社会の「いやな感 じ」に向き合う力を呼び起こしてくれるような、熱量のある小説 である。プロローグにはこうある。「2016年春に豊島区巣鴨 で、東京大学の男子学生が五人、逮捕された。五人で一人の女子 大生を輪姦した……ように伝わった。(中略)これからこのでき ごとについて綴るが、まず、言っておく。この先には、卑猥な好 奇を満たす話はいっさいない」

 あの事件かとお気づきの方もいると思う。あくまでフィクショ ンではあるが、あの事件に関わった人物たちはこういう論理で行 動したのだろうと思えるほど説得力がある。それだけ緻密で論理 的なのだ。

 横浜市青葉区で三人きょうだいの長女として育ち、県立高校を 経て中堅どころの女子大学に入った美咲と、渋谷区広尾の国家公 務員宿舎で育ち東大は入ったつばさ。二人の生まれ育ちや考え方 は違っているが、同年代の二人が出会えば、恋に落ちるのは不自 然なことではない。誰でも異質な相手に恋をし、相手を知ること で傷つき、少しづつ大人になるのだから。しかし、美咲とつばさ の間に起ったことは、恋愛という物語として完結することはなか った。そこに悲劇が起きる。

 作者は、二人の周りで起きたことを淡々と綴り、登場人物の内 面を丹念に言葉にしている。その姿勢はニュートラルで冷静だが、 文章の端々に抑えた怒りがにじむ。東大生たちは「まごころか ら」美咲が彼らに対し何をどう感じているのかわからなかった。 頭脳優秀でプライドが高い彼らに「わからない」ことがあったの だ。しかし、彼らは「わからない」ことを決して認めようとはし ない。

 姫野カオルコの作品にはつねに知的な企みがある。この作品も 情報を排し。嫌味とアイロニーを交えつつ、分析的に事件に関わ った人物たちを描くことで、私たちの社会の病理をあぶり出すこ とに成功している。もはや死語かもしれないが「社会派小説」と 呼びたいほどだ。それも、図式的ではなく主義主張のためのもの ではない、読者に気づきを促す新たな「社会派小説」である。




「小説すばる」2018年9月号 新刊を読む by三浦天紗子

●性暴力事件を題材に暴く、加害者側と被害者側の心理の綾

 現実に起こった事件から着想を得たという。本書では、201 6年春に、東大の男子学生五人が集団で女子学生一人に対して強 制わいせつを主なった事件となっている。東大生たちが逮捕され るとメディアが報じ、それがSNSに飛び火して、被害者へのセカン ドレイプのような騒動へと発展した。おぞましいことこの上ない が、現実でも何度も目にした構図だ。こうした不条理を性欲の暴 走で片付けては見誤る。問題の本質は、もっと不可解で品性卑し いものが人間の底にあるからではないか。そう問われた気がした。 現に著者はこうも書く。〈できごとは、数年かかっておきたとい える。/とくにどうということのない日常の数年が、不運な背景に なったと言える〉。事件は数時間のことだが、その元凶は……。 本書はそれを覗くための装置だ。

 物語は、主役となるふたりがそだった環境を説明するところか ら始まる。のちに被害者となる神立美咲は、平凡な勤め人の一か で、善良な仲良し家族。加害者と竹内つばさは、国家公務員の父 と元小学校教諭の母の次男だ。東京・広尾の宿舎住まいだが、親 の財力で勘違いしたようなヤツらをどこかで軽蔑するような青年 だった。やがて、美咲は低ランクの水谷女子大学に、つばさは東 京大学に進学し、ふたりは東大のインカレサークルの縁で出会う ことになる。

 最初、その関係は恋だった。恋愛体験のない美咲の、重い女に なるまいとする健気さは、泣きたくなるほどいじらしい。美咲の 方に多少惚れた弱みはあれど、つばさだって美咲への恋情を自覚 したこともあったのだ。それを都合よく上書きして何の呵責もな いのだたわかるラスト二行の衝撃。罪を認めたら破滅だという自 己保身からあの心情にたどりついたのなら、まだわかる。だがき っとそうではない。自分を持たずに周囲に感化されれば、人間は あそこまで薄っぺらくなれるのだ。「東大ブランド」を筆頭に、 学歴やルックスやリッチさなど自分を高く見せるスペックという ものが、性暴力をふるった本人たちだけでなく、その加害者家族 やSNSに群がる大衆にとっても、認知を恐ろしく歪ませる役割を果 たすさまがありありと描きだされる。他者を思いやることができ ずにランダムに人の心を殺していく病が、社会全体を覆っている かのようだ。

 自分の本音は二の次で、場を丸く収めることにいちばん気を配 ってしまう意味では、美咲とつばさは似たもの同士だ。ふたりを 合わせ鏡のように描いたことが心憎いほどうまい。報道だけでは 知りえない登場人物たちの心情に分け入った絶妙な心理小説だか らこそ、本書で描かれた“凶暴性”に戦慄する。




『anan』2018年10月3日号
インタビュー、文・三浦天紗子


「最初にラジオのニュースで聞いたときから、直感的にこれまで 見聞きしてきた事件とはどこか違うと違和感を覚えました。

姫野さんは、自分なりに報道等で事件を調べるとともに、裁判の 傍聴にも出向いた。同じくこの事件について取材を重ねていたフ リーライターの高橋ユキさんから話を聞いたりもしたという。結 局、取材開始から出版まで、2年近くを要した。

「事件そのものは、すでに法廷で裁かれており、細かい事情まで 知らない私があれこれ言うことではありません。性衝動では説明 できないような事件が起きたという結果の報道から、こうであっ たかもしれないという、自分にも多くの人の中にもある醜さを考 えたいと思いました」

のちに被害者となる神立美咲は、横浜の平凡な家庭で育ち、普通 の女子大に進学した。加害者となる竹内つばさは、東京の一等地 の公務員宿舎に住まいがあるような家庭で何不自由なく成長し、 東大生となった。

「私なりの調査から推測した女性像、男性像です。美咲は『ま、 いっか』とその場の空気に流されてしまう女性で、つばさは東大 ブランドを万能だと勘違いしているような男性」

物語のほとんどは、美咲やつばさがどうやって育ってきたかに割 かれており、それがわいせつ事件の背後に潜む、現代社会や市井 の人々の歪んだ倫理観や価値観を際立たせる。

「この作品に出てくるのは、加害者もその家族もSNSユーザーもイ ヤな人たちばかり。その中の誰に、どんな物言いに嫌悪感を覚え るかで、自分がどういう人間かが見えてきます。見たくないのに、 できてしまったおできは鏡で見ずにはいられないですよね。そん なミラー小説と呼べるような作品になりました」

問題作にふさわしいエンディングは、最初から決めていたのだろ うか。

「展開も含め、作者の意図が介在する余地がなかったですね。登 場人物たちがみな自分で語りだし、行動し……、私はそれをただ 書き留めていただけのような気がします」

姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』 カバー絵に、身分格差の ある悲劇的な恋愛を描いたといわれるジョン・エヴァレット・ミ レイの「木こりの娘」が使われているのも印象的。




週刊文春 2018年8月2日号

高橋ユキが『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ 著)を読む

 2年前、大学生らによる集団暴行事件や疑惑が立て続けに報じら れた。慶應大学の学生による集団暴行疑惑。千葉大医学部の学生 らによる集団強姦事件。エリート大学生によるこれらの事件は当 時、衝撃をもって受け止められた。だが最も大きなインパクトを 与えたのは、日本一を誇る超エリート大学の学生らが起こした 「東大わいせつ事件」であることは間違いない。

 加害者5人は女性との出会いを目的としたサークルを立ち上げ、 飲み会で女性に無理やり酒を飲ませ強制わいせつ行為に及んだ。 「頭が悪いからとバカに」し、「場を盛り上げるため」に女性の 服を脱がせて叩いたり、熱いカップラーメンの汁をかけたり、肛 門を割り箸でつついたりして虐めていたのである。私は当時この 事件を取材し、ある月刊誌にまとめた。本書は直木賞作家の姫野 カオルコさんが、この「東大わいせつ事件」に着想を得て創作し た純粋なフィクションだ。

 東京・広尾にある公務員宿舎に育ち、すんなりと東京大学理科I 類に進学した竹内つばさ。横浜・あざみ野のサラリーマン家庭に 生まれ育ち、ふつうの女子大に進学した神立美咲。ふたりは偶然 出会い、そして淡すぎて透明かと思うほどの淡い恋をした。

 つばさは大学の友人らが立ち上げたサークル「星座研究会」の メンバーとなる。表向きは星座について語り合うサークルだが、 実態はいわゆる“ヤリサー”だ。ところが別の女の子へと気持ち が移ってしまったつばさは、サークルの飲み会に美咲を呼ぶ。そ して酒を飲ませ、仲間と一緒に辱めた。

 経済的に恵まれた家に育ち、東大生となった彼らは「東大ブラ ンド」の威力を徐々に知り、それを振りかざすようになる。調子 に乗った彼らに驚き呆れもするが、しかしつばさたちに批判的な 目を向ける私のような読者に本作が問いかけてくるのはここから だ。

 事件のニュースを知った人たちが、ネット掲示板で美咲を「東 大生狙い」の「勘違い女」扱いするのである。そして報道の内容 だけで、被害者である美咲と加害者のつばさ達をランク付けし 「東大生が女子大生に将来を台無しにされた」と決めつける。本 作は読み手の無意識下にあるブランド意識、学歴至上主義を引き ずり出し、お前は加害者と何が違うのだと問いかけてくる恐ろし い「非さわやか」小説だ。

 モデルになった実際の事件の加害者らの動向を追ったところ、1 人は名前を変え、東大ブランドを前面に押し出して活動している ことを知った。その現実に私はまた恐怖したのである。

ひめのかおるこ/1958年、滋賀県生まれ。90年スラプスティッ ク・コメディ『ひと呼んでミツコ』で単行本デビュー。『昭和の 犬』で第150回直木賞を受賞。著書に『受難』『ツ、イ、ラ、ク』 『ハルカ・エイティ』『リアル・シンデレラ』『謎の毒親』など。

たかはしゆき/裁判傍聴人、フリーライター。著書に『霞っ子ク ラブ 娘たちの裁判傍聴記』『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』など。




『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ著
by 田村文(共同通信社)
●根底にある激しい怒り  

 姫野カオルコの『彼女は頭が悪いから』は、2016年に起きた東 大生5人による強制わいせつ事件から着想し、記された小説であ る。嫌な気分になることは間違いない。私自身、何度も吐き気を もよおした。だが、読むのをやめようとは思わなかった。ここに 書かれているのは事実に即した記述ではないかもしれないが、真 実をえぐっている。作家の想像力がそれを可能にした。

 作品の根底にあるのは激しい怒りだ。性暴力の加害者に対して だけではない。同様の事件が起こるたび「女性側にも落ち度があ る」「ハニートラップだ」といった被害女性を非難する声が起こ ることにも憤っているのだ。こうした事件と二次被害が繰り返さ れる社会の差別構造そのものに真っ向から挑んでいる。

 むごい事件を予感させるプロローグの後、被害者の神立美咲と 加害者たちの生い立ちがゆっくり語られていく。

 平凡な家庭の長女に生まれた美咲は、家事の手伝いをし、弟や 妹の面倒をよくみる優しい少女だ。大学生になると、弟に反抗さ れて嘆いている母を励ましたりもする。いくつかの淡い恋を経て、 東大生の竹内つばさに出会う。そして恋心を持つ。

 しかし、つばさはそれを後に「下心」と表現する。東大生には、 下心を持った女性たちが群がると信じているのだ。被害者の人間 性を認めることができず、それゆえ自分自身が生きるということ に真摯に向き合うことができない人間でも、学校の成績がよけれ ば「賢い」とされるこの国のシステムは狂っていると感じさせる。 「つばさは東大に合格した人間である。日本一、入るのが難しい 大学だ。(略)受験技術に益のないことが気になるようでは負け る」

 やがて事件が起きる。東大生5人にわいせつな行為をされた美 咲が、部屋から逃げて110番通報したことで事件が明るみに出 る。加害者とその家族はしかし、逮捕されたことを「災難」と捉 える。「ふざけの度合いが過ぎた。こんなことで逮捕されるのは 遺憾」で「運が悪い」と思っている。

 最後に姫野は事件をこう断じる。「彼らがしたかったことは、 偏差値の低い大学に通う生き物を、大嗤いすることだった。彼ら にあったのは、ただ『東大ではない人間を馬鹿にしたい欲』だけ だった」

 姫野は残酷と思えるぐらい冴えわたる筆さばきで、事件の背景 にある私たちの優越感や劣等感、学歴による序列や格差の実態を 照射する。これは特別な話ではない。私たちのそばにある、いや、 私たち自身の物語なのだ。

 被害者であるにもかかわらず、世間からの誹謗中傷に傷つく美 咲に、作家はひとつの救済を用意する。それは果たして美咲の傷 を少しでも癒やしてくれるのか。そうであってほしいと、祈るよ うな気持ちになる。

 作品全体から、実際に存在する性暴力の被害者たちに、姫野が こうささやいているのが聞こえてくる。

「あなたは悪くない。胸を張ってほしい」




日経dual 2018.09.03
小島慶子

●「ああはならないで」教育熱心な親の本音
●学歴や職業が人の値打ちを決めるというメッセージを、無意識 のうちに子どもに伝えていないか?

 すでに各方面で話題になっていますが、教育熱心なDUAL読者に ぜひともオススメの本があります。姫野カオルコ『彼女は頭が悪 いから』(文藝春秋)。

 2016年に起きた東大生による強制わいせつ事件を題材にした小 説です。フィクションとはいえ、事件のルポなどに照らすとかな りリアルな設定であることがわかります。男子学生たちがいわゆ るヤリサーといわれるセックス目当てのサークルを作り、東大生 と知り合いたいという女子学生たちの気持ちにつけ込んでセック スしたり、性的な搾取をする……。そのメンタリティーや刷り込 まれた価値観は、何も事件を起こした学生たちだけに限ったもの ではありません。大事に育てたわが子がもしもそんな事件を起こ したらと想像して、不安になった人もいるのでは。

「学歴は人を判断する物差しの一つ」という環境もある  登場人物の一人は、東大生である自分に寄ってくる女は“下心 ”があると考えて見下しています。中でも、偏差値の低い大学の 女子学生はモノ扱い。酒宴を盛り上げるために呼びつけて、おも ちゃにする。そうしても構わない相手だと思っているのです。女 子と知り合いたいという自分の下心は棚に上げて、相手を下に見 る態度は傲慢というほかはありません。

 東大生の彼氏は自慢できるし、結婚すれば安定した暮らしが手 に入る可能性が高い。学力面で優秀な人と付き合いたいと望むこ とはなんら不自然ではありません。それが動機でインカレサーク ルに入ったとしても、別に責められることではないですよね。き っとDUAL読者の中にも思い当たる人はいるでしょう。

 この小説に登場する男子学生やその両親は鼻持ちならない学歴 至上主義の人々ですが、決して特殊ではなく、ある階層において はごくありふれた人々なのだと思います。

 身内に有名大卒の人がおり、親は名の知れた組織で頭脳労働を していて、学力や身だしなみにうるさい家庭で育った人にとって は(私もその一人です)、人を判断する物差しの一つとして学歴 がある程度重視される環境は馴染みが深いはずです。そういう環 境で育った者には、ただ漠然と世の中には「いい学校」があり、 自分たちはそこに通う人たちとは関係のない世界で生きていると 思っている人々に見えている日常は、想像がつきません。

 小説の中では、そんなブランドとは無縁のごく平凡な家庭で育 った女の子が東大生に恋をした顛末が描かれます。インカレで知 り合った彼から都合のいいセフレ扱いされても思いを断ち切れず、 呼び出された宴会で酒を飲まされて、裸にされて肛門に箸を突っ 込まれ、体に熱い麺をかけられ、性器にドライヤーの熱風を当て られ、殴ったり蹴ったりされ、泣きながら逃げ出して警察に通報 したのです。彼女が加害者たちに示した示談の条件は、東大を自 主退学することでした。

 そんなの、女の子がバカすぎる。そもそも東大生狙いだったん だから、自業自得じゃないか。そう思う人もいるかもしれません。 実際の事件でも、ネット上には被害者への苛烈なバッシングがあ ふれました。

●親の本音を子どもは敏感に感じ取る

 加害者の親たちは、せっかく東大に入った我が子が、聞いたこ ともない大学のしつけの悪い女子大生にはめられて犯罪者扱いさ れるなんてと憤慨します。その言動からは学歴主義に加えて、階 層差別と女性蔑視がうかがえます。社会的に成功した女たちが抱 きがちな「自分はそこらの頭の悪い女とは違う」という自負が、 息子を育てる時にどのように作用するのかを考える上でも実に興 味深いです。

 以前、「道でゴミを集めている人を見かけるたびに、息子に 『勉強しないとああなっちゃうよ』と教えている」と誇らしげに 言った人がいました。ゴミを集める人がいなかったら自分たちの 暮らしがどうなるかは、子どもに教えないのでしょうか。彼女は 大手企業に勤める夫と同様、息子もぜひとも東大に入れなくては と思っているようでした。

 教育熱心な親ほど、学歴や職業が人としての値打ちを表すとい うメッセージを無意識のうちに子どもに与えがちです。そうとは っきり言わなくても、日常会話のちょっとした仕草や表情で、子 どもは敏感に感じ取るもの。

 自分に寄ってくる女はみんな学歴狙いの下心があると考える学 生の家庭では、そう考えるに至るような日常会話があったはずで す。大抵の女は高学歴の男を狙ってるんだから、つまらない女に 騙されないように、と親が言ったのかもしれない。言わないまで も、どこそこの大学の子は……と眉をひそめたり軽蔑したように 笑うだけでも“教育効果”は十分です。

 当たり前だけど、酔っ払っていようと、偏差値が30も違おうと、 相手に何をしてもいいわけじゃない。そんなこともわからないと は、何のための“優秀な”脳みそなのでしょう。

 それとまったく同質のものは、今年4月の財務事務次官によるセ クハラ事件の根底にも感じられます。学歴と肩書きを極めた自分 にはみんなが群がってきて当然で、そんな連中は同じ人間ではな いのだから何をしてもいいのだという幼稚な思い込みが、あの録 音データの醜態には現れていました。そしてそれにNOを突きつけ た女性が、世間から叩かれたのです。

 最高学府の学生やエリート官僚が起こした不祥事は自分とは関 係ないと思いがちですが、二つの事件に共通する学歴主義と女性 蔑視は、日本社会の根深い問題でもあります。加害者の差別感情 に通じるような偏見が、自分の中にもあるかもしれません。

 教育にある程度のお金をかけられる人は、俯瞰で見ればいわゆ る格差社会の勝ち組。そこでの常識や“普通”は、もしかしたら 偏っているのかもしれません。似たような環境で育った、選ばれ た人たちと仕事をするうちに、これこそが世間の多数派の意見で あると思い込んでしまう。私も年齢を重ねれば重ねるほど、自分 がいかに世間知らずであるかを痛感しています。

 私たちは親として、子どもに「世の中ってこんなところだよ」 と教えなくてはならないですが、それは決して世の中の全てでは ないという注釈を常に加える必要があります。自分の置かれた環 境を相対化する視点がなければ、知識は他者を知るためにではな く、排除するために使われかねません。

●私も悔しくて涙が出た

 もしかしたら、親が「これは良いものだよ」と伝える時に、子 どもにより強く刷り込まれるのは「ああはなってほしくない」と いう語られない本音のほうなのかも。親が自分の本音とどこまで 向き合っているか、それとどのように折り合いをつけているのか が肝心なのだろうと思います。

 私は、この小説に出てくる東大生とその親たちが染まっている 空気に見覚えがあります。かつての自分だったら、被害に遭った 女子大生をバカにしたかもしれない。と同時に、彼女は私だとも 思いました。過去のいろいろな場面を思い出して、あの時自分に 向けられていたのはまさしく彼女が浴びたのと同じまなざしだっ たのだと気づき、悔しくて涙が出ました。

 裸にされなくたって、人としてないがしろにされることはいく らでもあります。こんなことで傷つく自分が弱いのだとしまいこ んできた悔しさに、姫野さんは手をのべて「怒っていい」と言っ てくれました。怒っていい。あなたは人間だから。誰もが等しく、 尊厳ある命を生きているのだから。

●差別する傲慢さも、される痛みも、私の本音なのです。

 読みながら引き裂かれる自分に、しんどい思いをすることもあ るかもしれないけれど、秋の夜長に夫婦で感想を述べ合うのもい いかもしれません。




女子SPA! 2018.09.13

東大生強制わいせつ事件に着想を得た小説『彼女は頭が悪いから』

著者・姫野カオルコが語る“嫌な気持ち”とは…

東大生強制わいせつ事件に着想を得た小説『彼女は頭が悪いか ら』著者・姫野カオルコが語る“嫌な気持ち”とは…  姫野カオルコさんの最新刊『彼女は頭が悪いから』(文藝春 秋)が大きな話題となっています。

 この小説のモチーフとなったのは、2016年に起きた「東大生強 制わいせつ事件」。サークル仲間の5人の東大生が女子大生を酔わ せ全裸にし、胸を触ったり殴る蹴るの暴行を加え、さらにはドラ イヤーの熱を陰部に当てたるなどして辱めた、あの事件です。

 幼稚で卑劣で残虐な犯行、それを行ったのが東京大学の学生と いうことで、事件は大きな注目を集め、そして……被害者の女子 大生は「東大生を陥れた勘違い女」として世間からバッシングを 受けました。

 この事件に何より「違和感」を抱いたという姫野さん。伝えら れている事実のみを大きな骨組みに、ひとつの「青春小説」とし て本書を書きあげました。

○これは「ミラー小説」だとする著者・姫野カオルコさんにきく

 主人公の一人は、横浜市郊外のごくごく平凡な家庭に生まれ育 ち、女子大に進学した神立美咲。そしてもう一人は渋谷区広尾在 住、官僚の父と専業主婦の母のもとに育ち、国立付属高校から東 京大学理科T類に進学した男子学生・竹内つばさ。

 この2人がたまたま出会い、確かに「恋」と呼べるようなものが あったにもかかわらず、物語は事件へと進んでいきます。

 どんな悲劇が美咲を襲うのかを知ったうえで、鼻持ちならない エリート東大生に憤りを感じつつ読み進めると、徐々に自分の中 で膨らんでいくモヤモヤ感――。姫野さんはこの小説を、「ミ ラー小説」と称します。その真意を伺いました。

――まずは、“あの事件”の印象からお聞かせください。

姫野:「東大生強制わいせつ事件」のことを知ったのは、ラジオ から流れる短いニュースでした。学生のグループが少数の女性に 性的な嫌がらせをするという事件は過去にもいくつかありました。 でも、この事件は何かが違うと思いました。

 それで、週刊誌のより詳しい記事を読んだり、事件を取材した 記者さんを紹介してもらったり、裁判の傍聴にも通いました。で も、それは「なんで、そんなことが起こったんだろう?」という のが知りたかっただけで、これを小説にしようという考えはその 時点ではまったくありませんでした。

――「小説にしよう」と思ったきっかけはなんだったんですか?

姫野:1970年代の田舎ののどかな高校生を主人公にした短編を 「オール讀物」に書いたことです。

 青春時代って、光と影――明るく楽しいキラキラした部分と自 意識が肥大した気持ちの悪い部分で構成されていますよね。光の 面ではなく、あのような事件を起こしうる自意識がドロドロした 時代、影の部分に自分の気持ちが向いていったのです。

――美咲やつばさ、登場人物一人ひとりの生い立ちや環境がとて も緻密に描かれていて、その言動のリアリティが物語だとうっか り忘れてしまうほどで。

姫野:まず、取材をしました。取材というのは、実際の事件のこ とではなく、今の若者や学校についてです。自分ではついこの前 のような気がしていても、私がテストを受け部活をし、友だちと 話していたあの頃から、ずいぶん時間がたっている。

 今の高校生はどんな勉強をしているのか? 歴史の教科書はまだ 山川(出版社)なのか? 世界史の問題集を買って解いてみたりも しましたし、予備校に行って偏差値について調べたりもしました。 小説とは全然、関係がないんだけれど、実際にやってみないと、 当時、迷っていたこと、悩んでいたことに気持ちが向いていかな かったので。

 若者のダークな部分に意識がいったときに、じゃあ、こう書こ うって、すぐに書けるわけではない。創作というのは妊娠のよう なもので、まず受精をして産み月になって生まれてくるまでにだ んだんと育っていくもので。

学校――取材をして、どんな発見がありましたか?

姫野:自分が高校生だったときと今とでは、全然ちがいました。 私は滋賀県出身ですが、私立高校の数自体少なかったですし、塾 に行く子は京大を目指すような子たちだけ。受験直前まで平和堂 というスーパーの中にあるおそば屋さんでバイトしていたりして ましたから。でも、今は母校近くに塾ができ、いたるところで大 手予備校の看板やポスターを見るようになりました。

 次第に高校生や大学生の自意識というものは、学校の成績や受 験して入った大学、体育や部活での活躍、そうしたことが非常に 大きなウエイトを占めていることがわかってきました。そんな自 意識がどんどんと大きくなっていく中で、こうした事件も起こり えるであろうと思ったのです。

●東大ではない人・女性を見下す加害東大生たちの内面
●事件を起こした東大生たちの内面は“ピカピカつるつる”

 つばさをはじめ、事件を起こす東大生は自分が優秀であること に圧倒的な自信を持ち、東大ではない人、そして女性を徹底的に 見下します。

「どこでも、複数の人間がいるかぎり、序列ってのはできるよ。 序列の最上段にすわりたいって、そう思うのを否定するのはおか しいよ」
「女にとっては、結婚は最大のビジネス」
「下心があるのは女のほうなんだよ、東大男子を見るときはね」

 そして事件後も、ある一人は「なにが悪いの、俺? 人類に必要 とされてる人材なんだけど」と語るなど、5人が5人、その優越意 識はまったく揺ぎません。

東京大学、東大安田講堂――つばさや事件を起こす東大生につい て、「ハートがピカピカでつるつる」と表現していたのが印象的 でした。

姫野:美しいじゃないですか、彼ら。美しくて優れている。個体 として優秀なんです。だから、つるつるとしてキレイ。本当にそ う思います。

 ただ、それは諸刃(もろは)の剣でもあって。例えば、洋服に は「好感度の高い服」というのがありますが、一方でそれが野暮 (ヤボ)ったいのも事実だと思うのです。そういうことです。

――小説の中でも、「人やものごとのありようというのは、プラ スとマイナスの両方に形容できる」というフレーズがありました ね。

姫野:事件を起こした東大生にしてみれば、「俺らが一生懸命勉 強していたとき、お前ら、ダラダラとゲームして遊んでただろ」 「もっと勉強すればよかったじゃん」と言う気持ちもあると思う んです。美しくて優れている、それでいて嫌な面もあるというこ とです。

――“ピカピカつるつる”な5人と対照的なのが、つばさのお兄さ んです。中高一貫の私立男子校から東大文Tに入り司法試験を目 指すも、突如、北海道の田舎町で教師という道を選んだ彼は、登 場する東大生の中で一人、異色です。

姫野:彼も最初はつばさ側だったんでしょうけど、挫折をした。 挫折って、しないほうがいいのかもしれませんよね。でも、つば さのお兄さんは挫折を知って、変わっていった。彼の存在は私に とっては救いでした。

 例えば、この本『彼女は頭が悪いから』は、天(本の上の切り 口)の部分が不揃いなんです。製本の仕様でこうなっているんで すけど、乱丁だと思って問い合わせる方もいる。本の切り口もキ レイなほうがいいのかもしれないけれど、私はこの不揃いの感じ がすごく好きです。素敵じゃないですか。

書いている間、ずっと嫌な気持ちでした

階級・格差――つばさらの言動に憤りを感じつつ、自分が格差意 識を持っていない! と自信をもっては言えません。

姫野:加害者側の言っていることを、「なに言っているの? 全然、 わかんない」と言える人はいないと思うんですよ。そして、被害 者の気持ちや言い分もよくわかる。すべてが、自分の中にある。

 この本を読むと、すごく嫌な気持ちになると思うんです。なぜ なら、自分の中の嫌な部分を見せつけられるから。書いている間、 ずっと嫌な気持ちでした。担当編集者、編集長、校正者と嫌な気 持ちになってもらい、本が完成して、次は買ったあなたが嫌な気 持ちになる番です(笑)。

――だから、鏡のような“ミラー小説”だと。学歴に限らず、収 入や住んでいる町に容姿、着ている服に持っているバッグ、旦那 の職業、子どものお受験……。無意識に下にみて貶(さげす)ん だり、上に見て妬んだり、大変です……。

姫野:小学校から受験とか、大変だし苦しいよね。子どもを私立 中学校に入れている親の86%が経済的に苦しいという回答をして いるというニュースも聞きました。住む町にしても、町のブラン ディング効果をあげようとする人、それを煽(あお)る人がいる。

 ただ、例えば、「横浜のどこに住んでるの?」って聞かれて 「戸塚区です」って答えたら、「戸塚区だと郊外だね」「ええ? 郊外じゃないですよ〜」といったやりとりってあるじゃないです か。普通は、そんな会話で笑い合ったりする。その程度のことだ ったりするんですよ。

 昔だっていじわるな人がいて、いじわるなことをしたりする。 私も傷つけたり、傷つけられたりするし、みんな、そう。ただし、 限度というものがある。

――姫野さんが、自意識が膨らんで妬み嫉(そね)みに襲われた ときはどうされるんですか?

姫野:メソメソしますね。でも、今はそんなふうに思うことはな くなりました。年をとると、そういう気持ちはどんどんなくなる なあ。それよりも、血圧とかのほうが全然、大事。脈拍とか、γG TPとか尿酸値とかに比べたら、どうでもよくなる。

――自意識から逃れられるのなら、年をとるのも悪くないと思え ます。

姫野:若い頃は近視眼的になりがちですよね。自分が触れた2〜3 の情報や経験をもとに「そういうことなんだ」と思ってしまう。 その経験だって本当に“たまたま”で、その次は全然違ったかも しれない。でも、若い頃というのはそう思いがちですよね。

●インターネットというツールは「銃」のようなもの

――事件のあと、美咲は被害者にもかかわらずネットで「勘違い 女」などと誹謗中傷にさらされ、さらに傷つけられます。セカン ドレイプ、セカンドハラスメントは大きな問題となっています。

姫野:ネットでの中傷は気持ちが悪いし、ものすごく嫌な気持ち になる。ただ、影で人を中傷することで、うっぷんを晴らす人と いうのは昔から大勢いたのだと思う。でも、インターネットがこ の世に表れて、そういう人の格好のエサになりましたね。

 アメリカでときどき銃乱射事件が起こりますけど、インターネ ットというツールは「銃」のようなものだと思います。

――どこから誰に撃たれているのかわからない

姫野:女の子だってお酒を飲むし、飲んだらワーって楽しくなっ て、カラオケに行ってノリノリになって、「楽しかった!」と1日 が終わる。本当にたまたま。たまたまこういうことも起こってし まうのだと思います。

――詳しくは語れませんが、物語は最後、ささやかではあるけれ どかけがえのない救いがありました。

 姫野:最後、登場人物にこう言わせようと思って書いたわけで はないのです。取材をして登場人物ができると勝手に動き出すん です。私はそれを観察して、記録する。すごく非科学的ですが、 創作について秘密にするための方便でもなんでもなく、本当にそ うなんです。

 教授についても、書き終わったあと一晩寝て、翌日読み返して、 私自身、「よくぞ、言ってくださった」と思いました。

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 姫野さんは、「怒りではなく、違和感」を原動力にこの『彼女 は頭が悪いから』を書き上げたそうです。

 人は(私は)自然体でジャッジする。“たまたま”の偶然にも 背景にも思いは至らず無意識に。自分の中にあるそんな身勝手さ のピカピカつるつるっぷりを見せつけられたのが、モヤモヤの正 体だったのかも。

 それは、決して心地のいいものではないけれど、見ぬふりして はいけないものなのだと思うのです。

<取材・文/鈴木靖子>女子SPA!


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