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姫野嘉兵衛ファンの掲示板


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料理を結婚 投稿者:danchyu 投稿日:2015/07/13(Mon) 10:02 No.438

danchyuよりおしらせ
姫野さん好評連載「料理を結婚」の今月号は、夏の味、鰺について。
〃最も危険なアジ〃です。

整形美女 がんこ堂 投稿者:櫻井 投稿日:2015/05/18(Mon) 20:57 No.437

こんばんは。先日、『整形美女』をがんこ堂石山駅前店(滋賀県大津市)にて予約購入しました。姫野さん直筆のカードも戴きました。

姫野さん大津講演会盛況 投稿者:櫻井 投稿日:2015/02/11(Wed) 19:30 No.432

 姫野さんの大津での講演会は無事に終わりました。会場は、長机が8列15行で、机に3席。「満席の予定」ということでしたから、360人の出席者があったことになります。
 講演会の終了後には、サイン会があり、「本のがんこ堂」さん(滋賀県内の書店)が、『昭和の犬』と『近所の犬』を並べて販売されていて、長蛇の列でした。私も持参した『近所の犬』にサインをして戴きました。恐らく、主催者もこのような大人数になるとは予想していなかったのでしょう。姫野さんには、「為書き」や日付を書き入れる時間的余裕がなく、並んでいて申し訳ない気持ちになりました。姫野さん有り難うございました。お疲れがでませんようにお祈りします。

姫野カオルコさん大津講演 投稿者:滋賀県文化振興事業団 投稿日:2014/12/31(Wed) 09:34 No.424

姫野カオルコさんの講演が滋賀県であります。

【『湖国と文化』第150号記念講演会】です。
『昭和の犬』で第150回直木賞を受賞、第39回滋賀県文化賞を受賞された姫野さんから故郷・滋賀への思いを伺います。

■日時
2月11日(祝日・水曜)
14時〜15時
(受付は13時半から)
■会場
琵琶湖ホテル・「瑠璃」
(※大津市浜町2-4 http://www.biwakohotel.co.jp/)
■無料
■申込み方法
【FAX】か【Eメール】で。先着200人様。

FAX= 077(522)9647
E-mail= bi-snet@shiga-bunshin.or.jp

■講演についてのお問合わせ(注/申込み先ではありません)
(公財)滋賀県文化振興事業団まで。
電話 077(522)8369
http://www.pref.shiga.lg.jp/c/kemmin-s/files/files/lacal84_6.pdf
(fm 滋賀県文化振興事業団)

姫野カオルコさん大津講演 - 野口節子 2015/01/25(Sun) 20:31 No.429
2名分(野口節子・木村智子)申し込みます。宜しくお願いします
姫野さんの講演 投稿者:櫻井 投稿日:2014/12/16(Tue) 21:52 No.420

 滋賀県大津市で、来年2月11日に姫野さんの講演があります。申し込みはファックスか電子メールで、先着順(200名)、無料です。
 雑誌『湖国と文化』第150号記念講演会と「文化・経済フォーラム滋賀」第5回総会基調講演を兼ねているようです。詳細は下記をご覧下さい(滋賀県文化振興事業団『れいかる』vol.84)。
http://www.pref.shiga.lg.jp/c/kemmin-s/files/files/lacal84_6.pdf
 なお、私も早速電子メールで申し込みましたが、返事がないので不安になり電話で問い合わせたところ、受付の返事は逐一はしないということでした。定員に達した場合のみ断りの連絡があるのでしょう。「送った」「いや届いていない」というような事態が生じることを危惧しますが…。
 ともかく、楽しみですね。

Re: 姫野さんの講演 - なつせー管理人 2014/12/23(Tue) 22:51 No.421
くれぐれも、待ち伏せや、無断の撮影などはしないようにお願いします。文筆家であって、タレントではないので、講演に集中できるように。近畿圏の方楽しみですね。
Re: 姫野さんの講演 - 櫻井 2014/12/27(Sat) 22:30 No.423
なつせさん。もちろんです。
『れいかる』の講演案内はあまり目に付くものではありませんでしたが、今週になって、姫野さんの講演会のチラシが図書館や博物館などの施設に置かれるようになりました。会場が一杯になるほどのたくさんの参加者で、姫野さんへのお祝いになれば良いですね。

講演にさいしてのお願い 投稿者:集英社文庫編集部 投稿日:2014/11/26(Wed) 17:24 No.418

すでにお知らせがありますように姫野カオルコさんの講演が年末から新春にかけて予定されています。
両イベントに参加申込みをして下さいました皆様に、担当編集者一同、厚く御礼申し上げます。

つきましては、担当編集者一同よりお願いがございます。
イベント当日、開演前には、ご親族・ご友人など例外なく、姫野さんへの御面会は、何卒お控え下さい。

複数の方々が、参加申込みをされるイベントは、何カ月も前から開演当日まで細かなタイムスケジュールで進行されます。
開演前の控室訪問は、予定を大幅に狂わせます。
まず御参加の皆様、そしてイベントスタッフ、講演者本人、あらゆる方々に迷惑をかける結果となります。
また、女性講演者の場合、壇上に出る直前まで身支度もあります。開演前には余裕が全くありません。

2003年に大阪にて日本ペンクラブ主催で姫野さんの講演がありました。
大阪駅のホームで待ち構えていた人が写真を撮り、講演前の控室には、姫野さんの御尊父と御懇意だった方が五人で訪問されたそうです。
以下は姫野さんからの伝言です。
〜〜〜
 姫野カオルコです。
 講演については、ひたすら「私などに講演を依頼して下さったのだから」という思いでお引き受けいたしております
 書くのが本業ですから、講演は正直なところ苦手です。雑誌取材やラジオで話すのとは性質が全く異ります。
 大学で学生さん相手に講義をする仕事を兼ねておられる作家は別として、講演を得意とする作家は、まずいないと思います。
 ですから講演などイベント前の訪問や面会には、心の余裕がありません。対応不可能です。
 
 また芸能人とちがい付き人もマネージャーもいません。9割の作家は秘書もいません。
(男性作家の場合は奥様が秘書に準じておられる場合もありますが)
外出前は原稿を書き、大急ぎで駅に行き、時には車内で着替え、車内で顔を洗い、髪をとかして、会場まで出向かないとなりません。

 大阪での講演は、そんな時でした。髪の寝癖をとろうとして新幹線の洗面所の水道の水を頭にかけ、着替えもまだ(服のコーディネイトがまだちぐはぐな段階)のときに、ホームでいきなりカシャッと撮られたのは、私などを撮って下さるのは光栄なのですが、当時はまだ今より若かったので女心として、とても辛かったです。

 ましてや講演前の控室に五人の年配の方がずらりと入ってこられたときには、
「父親の知人だからご年配の方ばかりで、そんな方がそろって大阪まで来て下さってありがたい」という感謝の気持ち。
「そんなご年配の方々に、開演前の控室には入れませんとは言えない」という申しわけない気持ち。
「作家として話をしなければならないのに、父の娘として礼節をもって対応しなければないない」というエンタティナーと儒教心とがせめぎあう気持ち。
「私のように売れていない作家を講演者に招いて下さった主催者にご迷惑をかけないように、ちゃんと話さねばならない」というビジネスマンとしての責任を感じる気持ち。
「来てくださったお客様をたのしませるように元気よくおもしろく話さねばならない」という講演者としての本来の責任を感じる気持ち。

 つまり「ありがたい・申しわけない・ちゃんとしなきゃ」でパニックになり、幕が上がっても机上に用意した原稿がまったく読めず、声も出ないありさまになったほどです。あんなに困ったことはありません。
〜〜〜
 
かかる次第を御理解していただき、イベント前に、駅で待つ、写真を撮る、開演前の控室を訪問する、といったことは、何卒お控え下さいますよう、何卒お願い申し上げます。

角川書店・光文社・幻冬舎・集英社・新潮社・徳間書店・文藝春秋(社名50音順)
姫野カオルコさん担当編者一同/代表 集英社文庫編集部 栗原佳子
2014・11・27

滋賀県文化賞 投稿者:櫻井 投稿日:2014/10/25(Sat) 13:30 No.403

姫野さんが滋賀県文化賞を受賞されたとのことです。おめでとうございます。

Re: 滋賀県文化賞贈呈式 - 櫻井 2014/11/04(Tue) 13:25 No.406
 本日、滋賀県文化賞の贈呈式。姫野さんに遇えるのではないかと思い、10時頃に滋賀県公館前で待ち伏せ。次々と関係者らしき人が訪れるのを門前で独り眺めるのも不自然で、早々に諦めて駅に向かい、改札を入りホームへ向かおうとしたところ、何と前方から姫野さんのお姿が!!!
 受賞のお祝いを述べてお別れしてから振り向くと壁の地図を確認されているご様子。駆け寄って公館は県庁の東側ですよとお伝えして、電車に乗り込んだ後、なぜ、「ご迷惑でなければご案内します」という言葉が出なかったのか。『近所の犬』もカメラもしっかり持って来ていたのに。お前は何をしに行ってるんや! と後悔すること頻り。ほんまに阿呆ちゃうか〜。一生の不覚です。
 姫野さんには、突然に声をお掛けして、さぞ驚かれたことでしょう。「どちら様ですか」と訊ねられて、「一読者です。櫻井と申します」と応えましたが、あたりまえですね。迷わずに到着されたでしょうか。生(なま)姫野さんは、やはりお美しい方でした。
 感激と後悔の日。今夜は自棄酒。

近所の犬の光景 投稿者:櫻井 投稿日:2014/09/14(Sun) 09:07 No.393

 こんにちは。姫野さんの『近所の犬』がいよいよ刊行されます。待ち遠しいですね。
 さて、私は姫野さんより数年年少で、滋賀県の片田舎に育ちました。子供の頃、犬を飼っていました。小さな集落ですが、向かいや隣、数軒先の家も、年下の友達の家も犬を飼っておりました。小学校への通学路でも、犬に出会いました。昭和40年代の子供のことですから、外で遊ぶことが多く、犬に接する機会は頻繁にあった筈です。
 ところがです。そのようななかでも、「犬の散歩」に接した記憶がありません。犬といえば、家の庭やその一角の犬小屋に鎖で繋がれているもの、鎖がちぎれんばかりに吠えかかってくるもの、というのがそのころの印象です。私の家の犬も同じです。たまに鎖を離すと、稲刈りを終えた田圃で嬉しそうに走っていた姿を父は覚えているようです。
 現在であれば、虐待の誹りを免れないのでしょうが、仕事が忙しくて時間が無いというのではなく、当時は、そもそも犬を散歩に連れて行くという認識が大人にも子供にも無かったように思うのです。
 教えて文容堂、教えて姫野さん。みなさんのご意見をお聞かせ下さい。

Re: 近所の犬 - 櫻井 2014/09/19(Fri) 19:18 No.394
 毎週金曜日は京都まで出掛けるので、一日我慢して京都駅の三省堂書店に出向きました。平積かと思いきや、「姫野カオルコ」の棚に『昭和の犬』と並んで立っていましたよ。
 上記の散歩とは無縁の犬の話があるかなと思いながら読み始めました。

姫野さんの本棚 投稿者:なつせ(管理人) 投稿日:2013/04/14(Sun) 20:37 No.139

以前書き込みのあった、姫野さんの本棚の件。

家の掃除をしたところ、古くからあった本棚に収納できたそうです。 
情報提供してくださった皆様、ありがとうございました。

(ブログから)
 >うれしいことに、このそうじにより、前からの懸案事項であった「本棚問題」が解決しました。
 >前から家にあった本棚で、東京から運んだ本はほぼ収納できました。古い本棚ですが、むかしむかし、おじいさんの大工さんが作ってくれたもので、がっちりした作りで、ガラスもついている。

最終回への回答 投稿者:文容堂 投稿日:2014/07/04(Fri) 14:18 No.352

 拝復。
 お返事すっかり遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

 私は回転寿司に並んだことはないのですが、酒場で隣席の客たちの会話に耳をそばだてることはよくあります。ほとんどは酔客の戯言ですが、時として深刻な相談事や男女の愁嘆場を目撃することもありました。ですから、あなたの言う簡便な「旅」という感覚はとてもよく理解できます。聞いている最中に、時間と空間が現実を離れたように感じた記憶が甦ってきました。

 さて、今回のご相談ですが、唐突に嚇怒なさるお父上の傍らで、常に無言で困惑の表情だけを浮かべていらっしゃるかのような印象を、私はお母上についてずっと感じておりました。

 世間一般に、娘の成長、ことに女性の美を身に纏っていくことに対して嫉妬する母親がいると言われています。その背景にあるのは、若き日に満たされなかった自らの願望であったり、夫との現在の生活における空虚感だったりする、と。

 あなたのお母さんにもそういった感情があったのかもしれませんが、いずれにせよ幾度にもわたるあなたへの振る舞いはあまりにも唐突で衝動的です。
 あんなことをしたら娘がどのように感じるか、という点に何の配慮もない行いは、小児的と言わざるを得ません。

娘の身体的および精神的な成長を認めることができず、無視したり貶めることでおのれの心を満足させる。段々と言葉遣いも乱暴になってきてしまいますが、そんな歪んだ自己実現に思えてきます。

 ですが、いっぽうで、あなたにお母様がなさったその行為の異様さはさて措いて、日々に目覚め、喰らい、眠りながら時をやり過ごし、生を営んでいたのであろう一人の人間の生身に触れたようで、(考えてみるとこの私の印象も奇妙なものではありますが)不思議な安堵の思いを覚えた、という部分も私にはありました。
 満員電車に乗り合わせるサラリーマンたちが、かならずどこかですし詰め状態を愛おしんでいるように(でなきゃあんなものには乗れませんよ、絶対に)、人間の生身の姿に触れることは、きっと私たちにとってどうしても欠かすことのできない営みなのではありますまいか。


 学生運動が社会的、政治的には結局どこにも行き着かず、激しい怒りと欲望――つまりはある種の動物的なものごととして処理されてゆくのをテレビの前で鑑賞したあさま山荘事件のあと、たしかに私たちは「がっかり臭」を発していたのだと思います。

あれはきっと、自分たちが本当は高邁な理想や精神によって何かを築き上げてゆくような存在ではなく、結局は食ってときたま性交し寝る以外のことは何もない、犬猫とたいして変わらない存在なのだと自覚した、私たちの体臭なのではなかったか。

 もちろん、その後の日本はオイルショックも乗り越えて、総じて経済的には発展を続けたわけですが、それは私たちの欲望をいかに刺激し続けるかという、ある意味では動物的な割り切りあってのこと。

「同棲時代」の、あの最初からどこにも辿り着かないことが分かりきっていながら始まるような二人の関係は、なんと申しますか、がっかりした体臭を確かめあうようなものだったのだろうと思います。

 自分や、自分の親きょうだいや、パートナーの体の臭いをわざわざ嗅いでみたくなることって、あるでしょう?

 もう何かの役に立たないことは明らかなインターナショナルを、それでも練習していた久本先生も、きっと自分の「がっかり臭」を密かに楽しんでいたのに違いありません。

常には忘れておりますが、私たちはきっとその程度には動物であり続けているのではなかろうか。

久本先生も、ジロウもキョウコも、わたしも、そしてお母上もあなたも。

みんなでがっかりしていたあの頃に、わたしたちの体からは常にも増して、とても濃い臭いが立ち上っていたのだろうと想像します。

ですので、お母上があたなに対して行った行為は、女としての嫉妬といったようなものではなくて、むしろ犬同士が相手の尻の臭いを嗅ぎ合うようなものだったのかもしれないとも思うのです。

れがあなたやあなたのお母上を貶める意図で書いているのでないことは、どうかお汲み取りいただきたい。

むしろ、「ああ、ここにも自分と同じ動物がいる」というような、密かな連帯感とともに記しています。

 ただ、一方でそら恐ろしくも感じるのです。こうして自分が動物であると語ることが、根本的にはとても享楽的な居直りではないかという疑い。そして、この居直りは麻薬にも似て、どこまでも心を深く侵してゆくのではないかという疑い。「身の丈にあった国作り」だの「ゆっくりと衰退するという生き方」だのがとても立派な哲学のように語られつつ、その実はなにもかもを諦めきってしまったかのような今の世の中に暮らすうちに、私たちの心はこの先どうなってしまうのだろうかと。

 パソコン内で情報を書き込んだり読み出したりする場所であるハードディスクには、落としたりするとだんだんと不良領が生じていき、何年かたってその不良領域が一定の割合を超えると突然使えなくなってしまうのですが、今回のお手紙を読みながら唐突に、そんなハードディスクの突然死のイメージが浮かんできたりもしたのでした。

 お母上とのことを考えるのをポイッと捨てる。

それはまだ子供だったあなたにとって、どうしても必要な心の防御だったのだろうと思います。それ自体は当然のことです。

ただ、何かの判断をポイッと捨てた瞬間、誰にでも(あたなにも、私にも)心の中に、ある種の不良領域が発生していくのではなかろうか。それ心の中にだんだんと積み上がっていって、年月を経ていったある日、ついに閾値を超えてしまい・・・。

 中年以降の人々で、なんだか恥や理性みたいなものがどうでもよくなってしまったような、茫洋として動物じみた表情になっている人がいますよね?
 あの表情は、いつかこの「ポイッ」の先にあるものなのかもしれません。

そして、お手紙の中に描かれたお母上もまた、「ポイッ」の果てにいる人なのではなかろうかと。

いい悪いの問題ではなくて、心の中の不良領域の問題として。

 いろいろなことを諦め続けて、お金のことやら健康やら、ポイッとしなければならないことがどんどん増えて、際限なく動物化してゆく私たちは、これからどんな表情になってゆくのでしょう。

 気の毒な親をもったあなたこそが気の毒なのですが、前にも書いたとおり、あなたからは心の受け皿にゆとりがある感じが伝わってきます。

親が吐く毒をも養分として糧にできたとしたら、なんと強靭な精神作用でしょう。

私はあなたがそんな女性であってほしいと思い、またそうであるという仄かな確信を抱いています。

あなたがこれから迎える人生を謳歌されますように。
私の心からの願いです。

敬具拝復

Re: 最終回への回答 - yomyom 2014/07/04(Fri) 14:24 No.353
新潮社『yomyom』vol.32(2014春号)掲載
姫野カオルコ・文容堂シリーズは、
「雑誌などでは、『読者の悩みに雑誌執筆者が答えるコーナー』的なものが」はよくある。だが『執筆者の悩みに読者が答えるコーナー』はない。このコーナーがあってもいいじゃないか」
ということではじまったものです。

初回『なんで?』から『乗合馬車』『はじめての一等』など、毎回、予想だにしないふしぎな家庭の実情が相談されてきました。(第三者のプライバシーを守るために私小説というかたちをとっていますが、主人公=光世(愛称ヒカル)の家庭内でおきたことについては100%「本当にあった話」です)

読者からの回答をすべて掲載する場所が、残念ながら『yomyom』にはありませんので、「読者代表」として文容堂店主が、毎回答えます。私小説として「文容堂は練馬区にある古本屋。1946年生まれ。男性」という設定を創作しました。そして「文容堂役」を新潮社内で募り2名が決まりました。2名で「文容堂」となり、毎回、光代の奇天烈な親についての相談に答えてきました。

2014春号掲載『私は何をされたのでしょうか?』は、最終回。文容堂の回答も最終となります。
文容堂シリーズの視聴率(?)は低かったとは思いますものの、それでも、毎回、光世の相談に、「こうだったのではないか」「ああだったのではないか」と「名推理」「名回答」を働かせてきてくださった読者のみなさん、さて今回の文容堂の回答(推理)は、いかがでしょうか? 貴方の推理と似ていたでしょうか、それとも全然似ていなかったでしょうか。

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