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『桃 もうひとつのツ、イ、ラ、ク』
(2007年7月角川文庫より発売)

まず、本書『桃・・・もうひとつのツ、イ、ラ、ク』で初めて姫野作品を読むという方にはぜひ『ツ、イ、ラ、ク』を先に読むことをオススメ・・・いや、お願い・・・、いやいや、・・・無茶と知りつつ書いてしまいますが、先に『ツ、イ、ラ、ク』を読むべきです。

もちろん本書は『ツ、イ、ラ、ク』の続編ではありませんし、収められている6つの物語と『ツ、イ、ラ、ク』の時間軸は同じではありません。本書では『ツ、イ、ラ、ク』の中ではほとんど名前だけしか出てこないような人物が語り手だったりして、ドラマ的な連続性もあまりありません。

それなのに先に『ツ、イ、ラ、ク』を読め!と言うにはもちろん理由があります。

分類上は恋愛小説とされる『ツ、イ、ラ、ク』ですが、冒頭からしばらくは小学生のサロン社交の駆け引きが描かれています。読者は最初これがどう恋愛の物語になるのかわからないまま、自分も子供時代に引き戻されます。

この前半部分に流れる時間はほぼ全ての読者にもかつてあった時間です。大人になってすっかり忘れていたこの濃密な時間の流れ、サロンの描写が主人公隼子の立つ位置を際立たせて、後のまさにツイラクする必然が熟成されるのです。

熟成には時間が必要ですね。私の専門領域の話になりますが、スコットランドのシングルモルトウィスキーは蒸留後10年20年と樽で寝かせて熟成させて作ります。ワインと同じように産地地域によって個性がはっきり違うので、マニアックなファンはその違いを楽しんで飲みます。

『ツ、イ、ラ、ク』でも終わりのほうにアイラ島産のと思われるウィスキーを飲むシーンが出てきますが、この酒はシングルモルトウィスキーの中でもかなり個性が強烈ですね。シングルモルトウィスキーの面白さはこの個性が土地や材料の違いだけではなくて、熟成という時間によってもたらされることにあります。さらに同じ材料で蒸留したにもかかわらず、長い時間樽の中で熟成されるうちに、それぞれの樽が個性を持ち唯一無二の味わいを醸し出すのもシングルモルトウィスキーの特徴です。

『ツ、イ、ラ、ク』と『桃・・・もうひとつのツ、イ、ラ、ク』に収められた6つの物語は関西の湖のほとりにある架空の町「長命市」という同じ材料を使って蒸留され、別の樽に詰められて熟成されたものです。それぞれの樽に流れた時間は同じではなく、熟成の結果である味わいも別のものになりました。

願わくば読者の方々には、モルトマニアのようにそれぞれの個性を楽しみつつ、熟成の時間に想いを馳せていただきたいと思います。

『ツ、イ、ラ、ク』の前半、子供たちのドロドロしたサロン社交の詳細な描写を読むことでいつの間にか読者の脳裏には物語の舞台となった長命市の空気の匂いまでが深くインプットされます。そこからは『ツ、イ、ラ、ク』と『桃・・・もうひとつのツ、イ、ラ、ク』は派生する7つの物語の集合体としても捉えることができます。

こうして『ツ、イ、ラ、ク』の特に前半部分をスタート地点として、それぞれの物語を読むと『ツ、イ、ラ、ク』の後半はもちろん本書『桃・・・もうひとつのツ、イ、ラ、ク』のそれぞれに違う味わいの他に、何やらゆっくりと少しずつ立ち現れるものがあります。少し苦くて酸っぱくて甘くて・・・。懐かしいけど思い出したくなかったり、辛くて忘れていたことやちょっとだけ恥ずかしくて嬉しくて、少し悲しい。そんな不思議な味わい。

劇的なツ、イ、ラ、クのような出来事もなかったし、どちらかと言えば平凡でちょっと悔いの残るような・・・でも・・・。
そう、それこそがあなたの中で長い間眠っていた記憶が熟成されて現れた・・・あなた自身の「もうひとつのツ、イ、ラ、ク」の物語なのです。


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